4月 2009のアーカイブを表示中です。

白血球値が下がってくると、ふだんはうつらないような
小さなことでも感染につながるらしい。
さいわい私は風邪などひくこともなくのりきっった。

日常生活で気をつけていたのは、
うがい手洗い
出かける前、目的地に到着したとき、帰るとき、
帰ってから、とにかく出入りするごとに実行。
加えて、日々の体調の目安に毎朝の体温計測

手洗いは、殺菌・消毒ということで
たとえばビオレUシリーズのハンドソープとか。
外出時は、手洗いができないときにそなえて
除菌シートを持参。

うがいにはうがい薬を使用。
イソジンを使う。
色素沈着などは特になかった。

出かけるときはマスク。
といきたいところだったのだけど、、、
これだけは大の苦手のため、風邪もはやらない
時期だったのでつけずに過ごしてみた。
病院に行くときでさえ使わなかったので、なにか
あったら、ほんと自分の責任。
(職場で肺炎の人が出たとき!はお互い避けるように
してました。。。)

handsoap1

CHEMO CAREの記事も参考に、用意したもの:

-ベビー石鹸
-ベビーシャンプー

どちらも牛乳石鹸共進社株式会社のキューピーベビーシリーズを愛用。
イラストも和むので。薬局の赤ちゃん用品売り場にて。

-ボディタオル

ナイロンから綿素材に切り替え

-洗顔フォーム

敏感肌用のキュレルなどを使用。
副作用のひひどい時にはかすかな匂いさえ気になるかも。がまん。

治療中、お風呂はよきリラックスタイム。
入浴剤のにおいは特に気にならなかったので、好きなのを
つかって気分転換。

sekken

抗がん剤による脱毛。やっぱり切ない。
でも髪がない状態は一生のうちにそうそう体験
できるものではないし、乾かす手間も寝癖の
心配もない楽さかげんは、経験しておいて
損はない。(と今から思えば。)

そうはいっても外出するうえでは、
やっぱり無意味に人を驚かせるのはやだし、
自分自身もそんな勇気がないので、帽子や
ウィッグの力を借りる。
特に脱毛状態だった秋から冬は仕事の公式
行事も多く、かつ頭も冷えるので、ウィッグの
出番となった。

術前抗がん剤治療が決定したその日、
さっそくウィッグ探しの旅へ。
山崎多賀子さんの『「キレイに治す!乳がん」
宣言!』の情報も参考にしつつ、都内デパートを
はしごしながら二つのお店を訪ねた。
フォンテーヌハイネット
お店の人に状況を説明すれば、皆さん慣れている
ので、丁寧に相談にのってくれる。

以下につづく….

wig_back

後ろからみた図

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治療に通いながら
放射線科の書棚にあった『がん哲学』(樋野輿夫著)を
毎日こつこつ読んでいて、思いがけずみつけたことば。
がん研究第一人者の吉田富三曰く、

がん研究の目的は、
「人のからだに巣食ったがん細胞に介入して、
その人の死期を再び未確定の彼方に追いやり、
死を忘却させる方法を成就すること」

これこそ、私が直面している不安を言い表したことば
であり、かつ私自身が治療や日々の生活をとおして
成し遂げたいと思っていたこと。

まだまだ甘い経験とは思うけど、「がん」を知って、
死をこれまでとは違った形で意識したのは事実。

がんと出会った以上、
治療が終わった今も、これからも、やわらぎこそすれ、
不安はゼロにはならないような気はする。

けど自らが心と身体の主治医。
現在に集中すれば、生は圧倒的に存在感がある。
不安が少し遠のく。

直接的ではないのに、なぜかとてもしっくりきて、
同時に、今に集中すべしということを再確認できた
ことば。

樋野興夫「医師の目」にて引用(毎日新聞、2009年3月15日)

手術を目前に控え、31歳にして直面した出来事を
なんやかやとこぼす私に友人より:

「人の数だけ、たくさんのものさしがある。
でも君が今いるポイントは現在しかないんだよ」

世の中に思いがけないことや苦しいことがいったい
どれぐらいあることか。単純な比較のうえで生きるの
ではなくて、私が私の現在を生きること。

それは異なる生を今まさに生きている、あらゆる他者の
喜びと苦しみに思いをめぐらせるきっかけにもなる。

抗がん剤治療中、もし副作用に脱毛がある
なら、とにかく必需品の帽子たち。

慣れない間はレストランでもかぶっている状態に
違和感を感じていたけど、意外と帽子愛用者は
多いもの。隠すのではなく、あくまでもおしゃれな
気持ちで。

襟足や首筋をおおうスカーフやマフラーと
あわせれば、髪のない状態、見た目も気に
ならず、身につけること自体が楽しくなる。

私の場合、それまで帽子をかぶるという習慣が
なかったので、新しいファッションに挑戦!で
いろいろ試してみた。ら、けっこう可愛い。
今後も帽子を開拓したいな、と。

やや薄くなったとき、ほぼ抜けきったとき、復活中、
などなどその時々の状態や季節でかぶりやすい
帽子は変わってくる。

一度に全ては準備できないので、状況にあわせ
購入したり作ったりするのがよいかと。試着時は
家族や友人、お店の人に協力してかぶって
もらえば髪がなくてもだいじょうぶ。

都内のお店でよくチェックしたのが、
プランタン銀座の売り場
モザイク銀座阪急にも入っているm sugawara
など

以下、カテゴリー別に:

脱毛のはじめ。季節は夏。
もみあげ、襟足がしばらく 残ったので、つばがある
こちらの二点を使用。

cap11

ほぼ脱毛中の秋から冬。
ウィッグがあまり好きではなかったので、許されるときは
ほとんど右のニットのキャップをつけて過ごしていた。
前も後ろも かなり深く、暖かい。
左も後ろがすっぽり隠れるタイプのキャップだったので、
だいぶ抜けてからも愛用。

cap2

髪の毛復活中の春。
帽子をかぶれば「ベリーショートの 人」で通じる間に
かぶっていたもの。前髪が短いのでつばが目深な
もの、後ろは襟足まで隠れるものが重宝。

cap3

家で過ごすときや、治療を受けている間は肌にも
負担のかからないキャップ。
上の二つは友人たちが プレゼントしてくれたもの。

cap5

こちらお洒落な帽子たち。かぶっていても楽しい。
左と中央は友人たちの 贈り物。

cap4

病のあることがわかって、では乳がんっていったいなに?
というわけで色々さがして色々読む。

自分自身から発生したがん細胞とは、
楽しくはない治療を経て健康を取り戻すとは、
そしてがんを体験して生活していくとは?
自らが直面する課題であると同時に、
医療や社会の問題を知るきっかけでもある。

シンプルでかつ丁寧なものがお役立ち。

【がん全般】

NHKがん特別取材班 『日本のがん医療を問う』 (新潮社、2008年)
—-日本のがん医療の現状について、報道の視点から
季羽倭文子 『がん告知以後』 (岩波書店、2006年)
—-がんの患者として在ること、心の持ち方から生活まで
額田勲 『がんとどう向き合うか』 (岩波書店、2007年)
—-医者であり患者でもある、独自の視点から「がん」について
樋野興夫 『がん哲学―がん細胞から人間社会の病理を見る』 (to be出版、2004年)
—-病理医の視点からみた、人間社会における「がん」と「がん細胞」
別冊 暮らしの手帖 『がん安心読本』 (暮らしの手帖社、2007年)
—-治療にあたっての心構え、準備することなど

【乳がん】

中村清吾 『専門医が答える Q&A 乳がん』 (主婦の友社、2008年)
乳がんとニュートリション研究会編 『乳がんの人のためのレシピ』 (法研、2006年)
—-食事の視点から病気を捉える
福田護 『乳がん全書』 (法研、2004年)
別冊NHK きょうの健康 『乳がん-からだとこころを守る』 (日本放送出版協会、2005年)
山崎多賀子 『「キレイに治す乳がん」宣言!』 (光文社、2007年)
—-乳がんを体験した美容ジャーナリスト。病はさらに「キレイ」になるきっかけに
すらできると思えたポジティブな一冊。

その他、
NHKの「きょうの健康」でとりあげられた際のテキスト 、雑誌『がんサポート』
などなど

books

用意した記録(日記?)は二冊。

一冊目は治療の記録として。
病院で受けた説明、事前にまとめた質問、買い物リスト、
治療の副作用の記録などなんでも。そして携帯する。
抗がん剤治療の時には、副作用や日々の状態を記録
することが、次のクールの予定を立てることにも役立つ。
なによりも、まとめることで客観的に自分の状態を把握
することにつながる。

二冊目は日記。
病をえることによって、それまで考えもしなかったこと、
感じることもなかった思い、想像していたけど実感の
なかった感情、生と死について、生活について、
とにかくたくさんあふれてきた。
無理にではなく、書き留めておこうと思ったことだけ
綴ってみれば、自分がどこから来て、今どこにいて、
この先どこに行こうとしているのか、時が重ねられる。

書くことで、言葉にすることで、現在を自分のものに
できるのかな、と。
自分にしかできない自分を励ます方法。

notes1

あくまでも私の場合で時系列に:

  • 吐き気:Day 1,2,3,4,5,6,7,8,9
  • 食欲不振:Day 1,2,3,4,5,6,7
  • 赤色尿:Day 1,2,3
  • 舌の荒れ:Day 2,3,4
  • 便秘:Day 2,3,4,5,6
  • 胸のつかえ:Day 3-14
  • リンパ腺の痛みと関節痛:Day 5,6,7の夜
  • 口内の荒れ:Day 6,7,8
  • 口内炎:Day 12
    *口内炎は一度始まるととっても治りにくい。

CEFの場合、やはり吐き気がひどく2クール目からは、最初の
2日間は必ずもどしていた。まあもどした方が楽になるという
のもあるけど。

実感として、吐き気は他の副作用に比べて直接的。
たとえば関節痛であれば、今どこがどのように痛むのか、
をある程度客観的に把握できる(気がする)けど、

なにしろ吐き気は自分ではコントロール不可能なうえ
気持ちで鎮めることもできない。たとえば臭いを感じるだけで、
思い出すだけで、まず身体が反応してしまう。

このメカニズムがとっても気になり、調べたところ、、、
吐き気・嘔吐の原因としては

「抗がん剤が、血液を介して脳の化学物質受容体に刺激が
伝達され、嘔吐中枢にいたる」
「抗がん剤が、消化管の神経末端の受容体と結合し、迷走
神経や交感神経を経て嘔吐中枢にいたる」
「嘔吐した経験などによる不安や不快などの感情が大脳
皮質を通って嘔吐中枢を刺激」

とのこと(出典不明)。
嗅覚は原始的な感覚であるがゆえ、本能的な反応を引き
起こすのかなあと理解。
メカニズムを知って客観的に把握すると、少し気楽に構え
られたりも、する。

(そして、抗がん剤の由来ともいわれる生物化学兵器の
恐ろしさもなんとなく想像。人間の生物である部分がまず
破壊されるわけだし文字通り致命的。)

座右の書だった『自省録』、
病になって再びそのことばの中へ。

波の絶えず砕ける岩頭のごとくあれ。
岩は立っている、その周囲に水のうねりはしずかにやすらう。
「なんて私は運が悪いんだろう!こんな目にあうとは!」

否、その反対だ、むしろ「なんて私は運がいいのだろう。
なぜならばこんなことに出会っても、私はなお悲しみもせず、
現在におしつぶされもせず、未来を恐れてもいない」である。

なぜなら同じようなことは万人に起りうるが、それでもなお
悲しまずに誰でもいられるわけではない。それならなぜ
あのことが不運で、このことが幸運なのであろうか。
いずれにしても人間の本性の失敗でないものを人間の不幸と
君は呼ぶのか。そして君は人間の本性の意志に反することで
ないことを人間の本性の失敗であると思うのか。

いや、その意志というのは君も学んだはずだ。
君に起こったことが君の正しくあるのを妨げるだろうか。
またひろやかな心を持ち、自制心を持ち、賢く、考え深く、
率直であり、謙遜であり、自由であること、その他同様の
ことを妨げるか。これらの徳が備わると人間の本性は自己の
分を全うすることができるのだ。

今後なんなりと君を悲しみに誘うことがあったら、つぎの
信条をよりどころとするのを忘れるな。

曰く、
「これは不運ではない。しかしこれを気高く耐え忍ぶことは
幸運である。」

出典:マルクス・アウレーリウス (神谷美恵子訳) 『自省録』
(岩波書店、2008年) 69頁、改行:kuromachi

 

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